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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)223号 判決 1977年11月21日

原告 合資会社 富士

被告 淀橋税務署長

訴訟代理人 野崎悦宏 大石敏夫 ほか四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告が昭和四二年三月二七日付でした原告の昭和四〇年一二月一日から昭和四一年一一月三〇日までの事業年度の法人税更正処分及び過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四〇年一二月一日から昭和四一年一一月三〇

日までの事業年度の法人税について、次表のとおり確定申告をし

たところ、同表記載の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定

(以下、一括して「本件処分」という。)を受け、同表記載の経緯でこれに対する行政不服申立手続を経由した。

区分

年月日

所得金額(円)

納付すべき税額(円)

過少申告加算税額(円)

確定申告

四二・一・三〇

△九、八九五、九二二

△三〇、四二六

更正

四二・三・二七

四七、三〇三、三一六

一八、二四二、〇〇〇

九一二、一〇〇

異議申立

四二・四・二五

△九、三三一、六八四

△三〇、四二六

右決定

四二・七・二一

棄却

審査請求

四二・八・一七

△九、三三一、六八四

△三〇、四二六

右裁決

四四・七・一〇

棄却

2  しかしながら、本件処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の認否

請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。

三  被告の主張

1  本件事業年度の法人税に関する原告の所得金額は、その申告所得金額(九、八九五、九二二円の欠損)に次の金額を加算した四七、三〇三、三一六円であるから、これと同額に更正した本件処分は適法である。

(一) 土地売却益計上漏れ 五六、六三五、〇〇〇円

(二) 雑益計上漏れ       二二六、一九五円

(三) 貸付金利息計上漏れ     六五、一三四円

(四) 厚生福利費中否認額    一二一、二三〇円

(五) 貸倒引当金繰入超過額   一五一、六七九円

2  右のうち、原告が争う土地売却益計上漏れ五六、六三五、〇〇〇円の算出根拠は次のとおりである。

(一) 原告は、昭和三五年一〇月一四日、訴外駒場武夫、同駒場キイ(以下、「駒場ら」という。)との間で、原告所有にかかる東京都新宿区歌舞伎町二三番の二〇の宅地一〇四・八九平方メートル(三一・七三坪)(以下、「本件土地」という。)につき、賃貸借期間六〇年、賃料月額二〇〇、〇〇〇円、駒場らは原告に対し融資金として二〇、〇〇〇、〇〇〇円(利息日歩二銭五厘)、権利金として一七、〇〇〇、〇〇〇円保証金として二〇、〇〇〇、〇〇〇円(無利息)を支払うこととし、右権利金、保証金の完納の時をもつて賃貸借契的発効の時とすることなどを内容とする御願書と題する書面を作成し、昭和三五年一〇月二一日から昭和三六年四月二二日までの間、駒場らから十数回に分けて合計二九、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受け、これを預り金(保証金)一九、〇〇〇、〇〇〇円、借入金(融資金)一〇、〇〇〇、〇〇〇円として会計帳簿に計上した。

(二) その後、駒場らは右融資金残金等を所定の期日までに完済することなく、昭和三七年四月二〇日、融資金に対する利息の不払に基づく右約定解除を理由に、原告に対し、右支払済の融資金等の返還請求訴訟を提起し(東京地裁昭和三七年(ワ)第二九三〇号)、原告もまた右融資金等未払金二八、〇〇〇、〇〇〇円及び遅延損害金(昭和三六年二月一五日付念書に基づく年一割五分の遅延損害金)の支払を求める反訴を提起して(東京地裁昭和三八年(ワ)第九五二一号)争つたが、昭和三九年三月二七日、駒場らの契約解除は効力を生じない旨の判決がなされた。

(三) そして、右判決に対する控訴審において昭和四一年六月二七日、原告と駒場らとの間で次の(1)ないし(4)の内容の裁判上の和解が成立し、右訴訟事件は終了した。

(1) 駒場らは、昭和三五年一〇月一四日原告から本件土地を売買代金五七、〇〇〇、〇〇〇円で買受け所有権を取得したことにより、同土地は現に駒場らの所有であることを確認する。

(2) 原告は、駒場らに対し、昭和四一年七月一〇日限り、本件土地について、昭和三五年一〇月一四日の売買を原因とする所有権移転登記手続をする。

(3) 駒場らは、原告に対し、連帯して右売買代金残額二八、〇〇〇、〇〇〇円及び遅延損害金(二二、五四九、〇五五円)の支払義務のあることを確認する。

(4) 駒場らは、原告に対し、連搭して右(3)の債務のうち三五、〇〇〇、〇〇〇円を昭和四一年七月一〇日限り、八、五〇〇、〇〇〇円を昭和四二年六月三〇日限り分割して支払う。

(四) 原告は、昭和四一年七月七日右和解条項に基づく所有権移転登記手続を完了したのち、駒場らから昭和四一年七月一〇日に三五、〇〇〇、〇〇〇円及び額面八、五〇〇、〇〇〇円の約束手形を受領した。

(五) 以上のとおり、原告、駒場ら間において本件土地の売買契約が効力を生じたのは、右裁判上の和解が成立した昭和四一年六月二七日であり、その売買代金の大部分の授受も本件係争年度中に行われているのであつて、その譲渡益は右和解の日の属する本件係争年度の益金として課税されるべきである。なお、右和解において原告の債権と確認された遅延損害金(原告は一五、五〇〇、〇〇〇円受領)は、本件土地の売買登記原因発生の日を昭和三五年一〇月一四日とし、譲渡価額を五七、〇〇〇、〇〇〇円として和解当事者双方が確認したため、右和解の日までの本件土地の値上り額を遅延損害金名目で表現したものであり、その実質は本件土地の譲渡対価と何ら異なることがないものである。

(六) したがつて、原告が右和解成立後に駒場らから受領した四三、五〇〇、〇〇〇円と、既に受領している二九、〇〇〇、〇〇〇円との合計額七二、五〇〇、〇〇〇円から本件土地の帳簿価額一五、八六五、〇〇〇円を差引いた残額五六、六三五、〇〇〇円が、原告の本件係争年度における土地売却益である。

四  被告の主張に対する原告の認否

1  被告の主張1のうち、原告の申告所得金額及び(二)ないし(五)は認めるが、その余は争う。

2  同2のうち、(一)ないし(四)の事実及び丙のうち本件土地の帳簿価額が一五、八六五、〇〇〇円であることは認めるが、その余は争う。

五  原告の反論

1  原告が本件土地を駒場らに譲渡したのは、昭和三五年一〇月一四日であつて、裁判上の和解が成立した昭和四一年六月二七日ではない。すなわち、原告は昭和三五年一〇月一四日駒場らとの間で大要次のとおりの売買契約を締結した。

(一) 原告は駒場らに対し、本件土地を売買代金五七、〇〇〇、〇〇〇円で売渡し、駒場らは右代金を次のとおり分割して支払う。

(1) 昭和三五年一一月一五日限り、二〇、〇〇〇、〇〇〇円

(2) 同月三〇日限り三七、〇〇〇、〇〇〇円

(二) 原告は右売買代金完済と同時に本件土地所有権を移転し、かつ、その引渡しをするものとし、所有権移転登記手続は、代金完済後二年ないし五年経過した後に行うものとする。

そして、原告及び駒場らは、右売買契約締結の証として、同日付で御願書と題する書面を作成したが、税対策上、売買という文字を使うことを避けたため、同書面上は賃貸借の文言を用いることとした。しかしながら、当事者の真意はあくまで売買契約を締結することにあり、右御願書をもつて売買契約書とするというものであつた。

2  駒場らは原告に対し右売買代金の一部を支払うとともに残金の支払期限の猶予を求めたので、その結果、昭和三六年二月一五日原告と駒場らとの間で、残金を昭和三六年三月末日限り完済すること、当初の支払期限に遡り、その完済に至るまで年一割五分の割合による遅延損害金を支払うことの合意が成立したが、結局、駒場らは、売買代金中二九、〇〇〇、〇〇〇円を支払つたのみで残金二八、〇〇〇、〇〇〇円及び右遅延損害金の支払をしないまま、本件和解の成立に至つた。

3  以上のとおり、本件土地は昭和三五年一〇月一四日売買され、その時において原告は駒場らから当該売買にかかる代金を取得する権利を有していたのであるから、本件土地の売却益は右昭和三五年一〇月一四日の属する事業年度の益金とされるべきであり、また、未払金に対する年一割五分の割合の遅延損害金は元本の支払期限である昭和三五年一一月三〇日の経過とともに発生したものであつて本件係争年度の益金に計上されるべきものではない。

4  被告は裁判上の和解の成立によつて売買契約の効力が生じた旨主張するが、右和解は、売主たる原告と買主たる駒場らの間に、昭和三五年一〇月一四日、本件土地が代金五七、〇〇〇、〇〇〇円をもつて売買され、本件土地の所有権が買主たる駒場らにあること、また、駒場らは原告に対し、右売買代金の残額二八、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する約定の遅延損害金を支払うべき義務のあることの確認を骨子としたものであつて、右和解によつて新たに売買契約を締結したものではなく、あくまで既に締結されていた売買契約に基づく権利の帰属の確認と当該売買契約に基づく履行の時期、方法及び範囲につき協定したものにすぎないことは明らかであるから、和解成立の日をもつて本件土地の売買契約が成立したとする被告の右主張は失当である。

5  また、税法上、収益の帰属年度の判断基準としていわゆる権利確定主義ないし権利発生主義によることが一般的に是認されており、具体的には収入すべき権利の確定、すなわち法律上当該権利を行使することができるようになつた時をもつて収益の帰属時期と解すべきである。これを本件についてみると、原告と駒場らとの間の御願書による契約によれば、少くとも駒場らは一定金額を確定期限に支払う旨約しているのであつて、当該金額を支払うことにより駒場らが原告から取得する権利が何であろうと、右金額(五七、〇〇〇、〇〇〇円)が原告の当時の事業年度における収入することの確定した金額に当たることはいうまでもない。このことは遅延損害金の約定についても同様である。したがつて、本件係争年度において右金額につき課税することはできない。

六  原告の反論に対する被告の認否及び再反論

1  原告の反論1ないし5は争う。ただし、駒場らが原告に対し二九、〇〇〇、〇〇〇円の金員を支払つたことは認める。

2  原告は昭和三五年一〇月一四日付の御願書をもつて売買契約の内容をなす旨主張するが、右御願書には売買契約に不可欠な所有権移転登記あるいは所有権移転を前提とする目的物の引渡しに関する事項、違約条項等の定めがなく、しかも、右御願書は駒場らの一方的意思表示がなされているものにすぎず、双務、落成契約たる要件は全く満たされていないのであつて、これを売買契約とみることは到底できない。また、原告は本件和解成立前において、売買契約が成立していたことを前提とした行動をしたことはなく、駒場らから受領した二九、〇〇〇、〇〇〇円もこれを収益として計上していないし、かえつて駒場らに対して売買契約の成立を否認しているのであつて、和解成立前には本件土地の売買について原告と駒場らの間に確定的な意思の合致はなかつたというべきである。

3  本件においては、昭和三五年一〇月一四日作成された御願書をめぐつて、原告と駒場らの間に争いが存在し、当事者間における法律関係は不確定な状態にあつたことは事実であり、その紛争の経過等に照らせば、争いの本質が当該売買契約自体の成否にあつたことは明らかである。このような当事者間の紛争が本件和解によつて解決され、そこで初めて当事者間の本件土地に関する法律関係が確定し、原告にとつてその請求権の行使が法律上容認される状態に至つたものである。原告が主張するように、和解調書に契約事項が確認的に記載されたからといつて、当事者間の法律関係が和解成立前においても確定的であつたということにはなり得ないことは当然である。

4  収益の帰属年度の判断基準として、対価請求権の行使が法律上容認される状態に至つた時と解すべきことは原告の主張するとおりであるが、本件においては、和解成立前において当事者間の法律関係について紛争が存在し不確定な状態にあつたものであるから、当時、原告にとつて請求権の行使が法律上容認される状態に至つていなかつたことは明白であり、和解成立前に駒場らが原告に交付した二九、〇〇〇、〇〇〇円もそのような不確定な法律関係の下で不明確な形で授受されていたものにすぎず、本件和解により売買契約が確定的に成立したことによつて初めて売買代金の一部として処理されるに至つたものである。

なお、原告は、取引の対象となつた権利が何であろうと駒場らが原告に対し一定金領を確定期限に支払う旨約した以上、原告の収入することの確定した金額に当たる旨主張するが、当該金額が当該事業年度の益金の額を構成するか否かを決定するためには、その前提要件としてその収入することができる権利が発生する基因となつた契約の類型ないし内容を確定しなければならないのであつて、本件においては既に述べたようにその契約自体確定的に成立していなかつたのであるから、当時原告が駒場らから受け取つていた金員は、資産の譲渡による収益として処理するにはその前提を欠いており、原告が行つた会計処理どおり収益を構成しない収入金であるというほかない。

5  以上のとおり、被告は、原告と駒場らの間で昭和三五年一〇月一四日に本件土地の売買契約は成立していなかつたと主張するものであるが、仮に同日原告が主張するような売買契約が成立していたとしても、その主張によれば、本件土地の所有権は売買代金が完済されるまで買主たる駒場らには移転せず、引渡もされないことが特約されており、和解成立前には、代金は完済されていなかつたのであるから、本件土地の所有権は和解成立前には駒場らに移転していなかつたことは明らかである。ところで、法人税法は収益の発生の原因となる「資産の譲渡」(同法二二条二項)に関し、収益の認識基準同様、具体的な規定はおいていないが、そこでいう「譲渡」は所有権その他の財産権の移転を意味すると解すべきであるから、前記特約によれば昭和三五年一〇月一四日には本件土地の「譲渡」の法律効果は生じておらず、本件和解の成立によつて初めて法人税法にいう「譲渡」という課税要件事実が確定したのであつて、本件処分は適法ということができる。

第三証拠関係<省略>

理由

一  請求原因1の事実及び被告の主張1の(二)ないし(五)はいずれも当事者間に争いがない、

二  そこで、被告主張の本件土地売却益について判断する。

原告は、本件土地の売買は昭和三五年一〇月一四日になされたものであると主張するのに対し、被告は、本件土地は昭和四一年六月二七日本件和解の成立によつて売買されたものであると主張するので、まず、この点につき検討するに、<証拠省略>及び弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

1  昭和三五年三月頃、原告は本件土地を売却することとし、不動産仲介業者である梁川判山に依頼して買受人を求めていたが、同年九月ごろ本件土地の隣地で飲食店を営む劇場らが店舗拡張のためその買受けを希望し、不動産仲介業者である檜山未喜男とともに原告方を訪れ、売買の交渉がなされた。その交渉には売主側として当時の原告代表者安藤善平が、買主側として駒場らから売買の仲介の依頼を受けた檜山未喜男が主として当たり、同年一〇月ごろ、代金五七、〇〇〇、〇〇〇円で売買することにほぼまとまりかけたのであるが、原告が多額の税金を課されることを嫌い、本件土地の売買が他に知られることを肯んじなかつたため、所有権移転登記手続の時期とか土地の引渡時期などについて明確な合意が成立せず、あいまいな点を残したまま、税対策を考慮した原告は、とりあえず、駒場らに対し、同人らが原告に二〇、〇〇〇、〇〇〇円を貨与し、また、原告より本件土地を賃借し、権利金等の名目で三七、〇〇〇、〇〇〇円を支払う旨を内容とする御願書と題する書面(甲第二号証の一、その形式は駒場らの一方的な意思表示の記載にとどまる。)の作成方を要求した。これに対し、駒場らは、右書面は原告の単なる税対策上のものにすぎないという安藤善平及び檜山未喜男の言を信頼し、これとは別に所有権移転登記手続などの点について明記した売買を内容とする裏契約書を作成してもらえるものと信じて、同年一〇月一四日右御願書に署名捺印した。

2  その後、駒場らは、売買契約が成立したものと信じ、昭和三五年一〇月二一日から翌昭和三六年四月二二日までの間、十数回にわたつて合計二九、〇〇〇、〇〇〇円を原告に支払うとともに、その間、再三にわたり檜山未喜男を通じ売買の裏契約書の作成方を要求したにも拘らず、原告はこれに一向に応ぜず、ただ御願書に定める金員に対する遅延損害金の支払をすべき旨の念書の提出を求めるなど金銭の支払を要求するのみであつた。そこで、不安を感じた駒場武夫が原告方に直接、交渉に赴いたところ、安藤善平は、本件土地を売つたことはない旨述べ、売買の成立それ自体を否認するに至つたので、駒場らは檜山未喜男を加えて再び原告と交渉したが、その過程で、原告は、代金として五七、〇〇〇、〇〇〇円にさらに値増しをすれば売買に応じてもよいと主張した。駒場らとしては、当初から売買のつもりでいたにも拘らず、原告にこれを否認されたので、昭和三七年一月一六日、当庁に本件土地につき処分禁止の仮処分を求め、さらに、同年四月二〇日、御願書による契約の解除を理由として、原告に対し既払金二九、〇〇〇、〇〇〇円の返還請求訴訟を提起するに至り、第一審判決を経て控訴審における本件和解の成立となつた。

なお、右和解において、駒場らは売買代金五七、〇〇〇、〇〇〇円中既払金二九、〇〇〇、〇〇〇円を除く二八、〇〇〇、〇〇〇円及びこれに対する遅延損害金一五、五〇〇、〇〇〇円を支払うべきこととされたが、右総額七二、五〇〇、〇〇〇円という金額は、和解成立当時における本件土地の時価を基準として算出されたもので、ただ右和解が本件土地の売買を昭和三五年一〇月一四日に代金五七、〇〇〇、〇〇〇円で成立したものとして処理することとしたために、その差額一五、五〇〇、〇〇〇円を遅延損害金名目で表現するに致つたものである。

3  右訴訟の第一審において、駒場らは御願書による契約は賃貸借契約である旨主張し、原告もまたこれと同様の主張をしていたし、また、原告が被告に対して本件処分に対する異議申立ての理由及び原告の昭和四二年三月一日付被告宛事情説明書中において、原告は、御願書による契約は売買契約ではなく賃貸借契約であると考えていた旨述べており、さらに、本件処分に対する審査請求の段階においても、安藤善平は、担当協議官に対し駒場らに所有権を移転する意思はなかつた趣旨のことを供述していた。

以上のとおり認められ、右認定に反する原告代表者本人尋問の結果はにわかに措信し難く、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

以上認定した事実による、原告と駒場らとの間において、昭和三五年一〇月ごろ、本件の土地売買につき話がほぼまとまりかけたのであるが、税金上の問題から肝心の所有権移転登記手続に関する合意ができず、また、売買契約書ないしは裏契約書も作成されず(御願書は、駒場らが、専ら税対策上の処理を慮つた原告の要求に応じて作成したもので、一定の具体的法律効果の発生を欲して作成したものではないというべきであるし、また、文言上からいつても本件土地に関する売買契約書ということができないのは当然である。)、それどころか却つて原告は売買を内容とする裏契約書の作成を拒否し続けるとともに、事後において、売買契約の成立自体を否認する言動にさえ出ていたのであるから、当時においては、未だ、本件の売買について当事者間に確定的な意思の合致があつたということはできず、本件和解の成立前には本件土地の売買契約は成立していなかつたと解するのが相当であり、昭和四一年六月二七日本件和解の成立によつて初めて確定的に代金七二、五〇〇、〇〇〇円をもつて本件土地の売買がなされ、従前、不確定な権利関係の下で駒場らが原告に支払つた二九、〇〇〇、〇〇〇円を代金の一部として充当することとされたものというべきである。

なお、原告が主張するように、本件和解は、昭和三五年一〇月一四日に売買契約が成立していることの確認を内容としているが、これは従前の当事者間の不確定な法律関係を遡つて確定する形で紛争を処理した結果にすぎないのであつて、このことが前記のように解する妨げとなるものでないことはいうまでもない。

ところで、原告は、御願書による契約の内容が売買であれ、賃貸借であれ、原告がそこで約定された五七、〇〇〇、〇〇〇円の債権を有することは明らかであるから(遅延損害金についても同様)、右金額は右契約の成立した日の属する事業年度の益金として課税されるべきであつて、本件係争年度の益金とはなり得ない旨主張する。

しかしながら、既に認定したように御願書は原告の要求に基づいて専ら税対策上の目的で作成されたものにすぎず、これにより原告、駒場ら間に具体的な法律関係を生じるものとは認めがたく、また、本件土地に関する売買契約は未だ成立していなかつたのであるから、当時においては原告、駒場ら間に原告の主張する五七、〇〇〇、〇〇〇円の債権債務関係はいかなる形においても未だ発生していなかつたものであり(元本債権が成立していない以上、遅延損害金も発生していないことは当然である。)、原告の右主張は失当である。なお、駒場らが本件和解成立前に原告に対して交付した二九、〇〇〇、〇〇〇円は、駒場らがいずれは本件土地につき売買契約が成立してその所有権が取得できるものと信頼して支払つたにすぎないものと認めるのが相当であるから、当時において法律上原告の益金を構成するものではないことはいうまでもない。

したがつて、本件土地の譲渡価額七二、五〇〇、〇〇〇円から当事者間に争いのない本件土地の帳簿価額一五、八六五、〇〇〇円を差引いた残額五六、六三五、〇〇〇円が、原告の土地譲渡収益として本件和解の成立した昭和四一年六月二七日の属する本件係争年度の益金となることは明らかである。

そうすると原告の本件係争年度における所得金、額は四七、三〇三、三一六円となり、これと同額に更正した本件処分は適法である。

三  よつて、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 安部剛 山下薫 佐藤久夫)

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